主日礼拝の聖書

 

コリントの信徒への手紙U 7章

5〜10節

 

(5)マケドニア州に着いたとき、わたしたちの身には全く安らぎがなく、ことごとに苦しんでいました。外には戦い、内には恐れがあったのです。(6)しかし、気落ちした者を力づけてくださる神は、テトスの到着によってわたしたちを慰めてくださいました。(7)テトスが来てくれたことによってだけではなく、彼があなたがたから受けた慰めによっても、そうしてくださったのです。つまり、あなたがたがわたしを慕い、わたしのために嘆き悲しみ、わたしに対して熱心であることを彼が伝えてくれたので、わたしはいっそう喜んだのです。(8)あの手紙によってあなたがたを悲しませたとしても、わたしは後悔しません。確かに、あの手紙が一時にもせよ、あなたがたを悲しませたことは知っています。たとえ後悔したとしても、(9)今は喜んでいます。あなたがたがただ悲しんだからではなく、悲しんで悔い改めたからです。あなたがたが悲しんだのは神の御心に適ったことなので、わたしたちからは何の害も受けずに済みました。(10)神の御心に適った悲しみは、取り消されることのない救いに通じる悔い改めを生じさせ、世の悲しみは死をもたらします。

 

マタイ福音書27章3〜5節

 

(3)そのころ、イエスを裏切ったユダは、イエスに有罪の判決が下ったのを知って後悔し、銀貨三十枚を祭司長たちや長老たちに返そうとして、(4)「わたしは罪のない人の血を売り渡し、罪を犯しました」と言った。しかし彼らは、「我々の知ったことではない。お前の問題だ」と言った。(5)そこで、ユダは銀貨を神殿に投げ込んで立ち去り、首をつって死んだ。

日本聖書協会刊『聖書 新共同訳』(1987)による
(c)共同訳聖書実行委員会
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(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988